30代の働き方

 
 

なぜ私が年収700万円の一部上場企業と都会を35歳で捨てたのか?

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なぜ年収700万円の一部上場企業と都会を35歳で捨てたのか

東京都世田谷区と神奈川県横浜市で30年近く過ごしました。

小さい頃から便利な生活の中で過ごしてきました。小学生の頃は自転車で渋谷に行ったり、学校帰りにゲームを買いに秋葉原へ行ったりと、時代の流行りの感覚を小さい頃から感じていました。

自宅は一軒家。最寄駅へは歩いて45秒。最寄りのコンビニは歩いて1分。

これが当たり前だったので、小さいころは便利だと思ったことはありませんでした。

子供が生まれて気づく都会の住みづらさ

神奈川県横浜市の横浜駅から相鉄線の4つ目の駅「和田町駅」から徒歩10分のところに住んでいました。

子供が生まれたのもその時です。

妻と二人で暮らしている時は全く感じなかったのですが、子供が生まれた瞬間「都会の住みづらさ」に気づきました。

 

外出が苦痛でたまらない日々

とにかく当時1歳だった息子と外出するのが苦痛でした。唯一の公園まで歩いて10分。

そこまでは車がたくさん走る細い道を通らなければなりません。駐車場がないので車で行くことも出来ません。

排気ガスただよう中、息子とせまい道路をとおって公園にたどり着いたときには疲労感がいっぱい。

車の音がうるさく1歳の息子も不機嫌なまま。。。

 

買い物は精神と肉体を極度に疲労させるもの

休みの日は横浜までベビーカーで買い物へいっていました。

買い物はわたしたち夫婦にとって試練の連続です。

駅から地上にでるときにつかうエレベーターは、つかう必要のないであろう元気な中高年のみなさんであふれかえっています。

悲しいことにベビーカーで移動するわたしたちを先に乗せてくれる余裕のあるひとなんていません。

 

レストランでは「ずっと待たされ、早く食べて帰らされる」

そとの公園でお弁当なんて場所がありません。冬なんて海とビル風が吹きあれます。

仕方なくファミレスで昼食にしようとするのですがどこも満席でぎょうれつ。

赤ちゃんがいるんで、じゃあ別の時間にということなんてできません。

食事が終わったらすぐに食器をさげられ、テーブルのうえにはコップと伝票だけ。

そとには行列のひとかげ。「早くかえれプレッシャー」をヒシヒシ感じました。

 

帰りの登り坂は終始無言。もうヘトヘトでこりごり

買い物をすればにもつはふえます。だいたい夕方になれば電車も混雑してきます。

もう私たち親子はヘトヘト。親子3人そろって寝てかえりたいところ。

ベビーチェアーがあるとなかなか自分たちが座ることってできないんですよね。

夫婦そろってつり革を持ち、子供をあやしながらかえります。

つくづく都会で育児をするハードルのたかさをかんじました。

そもそも、子連れの親子にたいしての視線が温かくありません。むしろ邪魔あつかいされてしまうことが多々ありました。

 

こどもが生まれたことで意識しはじめた高知県への移住

わたしが働いていたスポーツクラブはかなりの激務でした。

深夜帰り、休日出勤はあたりまえ。まだ0歳の息子の育児をほぼ妻にまかせっきりにしてしまっていましたので、とても心苦しかったです。

こどもがどんなに熱がでて大変な状況でも会社を休める状況じゃなかったのがつらかったですね。

家族をサポートしなければならない責任感と、会社で業務をこなす日々がつづき、精神的にも極限の状況でした。

 

1部上場企業の課長代理というポジションを捨てる勇気

退職をかんがえていたのは35歳。よく言われる「転職限界年齢」。

年収700万円までひたすら我慢してはたらいてきたので、なかなか決断ができませんでした。しかも、入社してからひたすら昇進を夢見て試験を受け続け手にした「課長代理」というポジション。

はじめて転職するわたしにとっては手放してよいかどうか本当に悩みました。

 

自分にとって「なにが大事なのか」を決めるとき

ものすごく悩みました。おそらく3ヵ月ぐらいひたすら考えつづけましたね。

そして、自分でひとつの答えをだしました。それが「家族を最優先に考える」ということでした。

具体的に家族を最優先に考えるということはこういうこと

1、育児ができる仕事に転職をするということ。
2、こどもを自然ゆたかなところで育てたいということ。

ひたすら悩んだ結果、わたしはこの2つのことを決断することで「家族を最優先に考える」ということを実行できるんだと思いました。そして、その2つのことを同時にするとしたら、、、

妻の実家の高知へ移住する

という結論にたっしたのです。

 

 

いちばんのハードルは妻に話して納得してもらうこと

妻に「会社をやめて高知へ移住したい」ときりだすときがいちばん緊張しました。

年収700万の課長代理。横浜のみなとみらいが一望できる会社の借り上げ社宅の高層マンション。ふつう考えたらこんな恵まれた状況で退職したいといえば「反対」されるだろうと思っていました。

しかし、意外にもかえってきた答えは想像とはまったく正反対でした。むしろ、わたしの決断にたいしてすぐに「そうして欲しいと思ってた」という言葉がかえってきました。

まさか、妻がそのように考えているとは思っていなかったので正直びっくりしましたね。

 

 

最後に:大事なものがあるなら思いきって変えてみる

なるべくなら「現状維持」が楽ですよね。家族もおなじような意見ならなおさらです。

しかし、今回わたしがこの記事を書こうと思ったのは「後悔しないため」なのです。

わたしが退職と移住を決意したのは、「仕事の都合で子育てができず、一生に一度しかない息子との時間を持てないことに後悔するだろうと思ったこと」です。

今でも100%正しい選択だったかどうかは分かりませんが、息子と接する時間は格段にアップしました。そのかわり給料は半分以下になりました。

たとえ、転職したことで将来極貧生活になったとしても、まいにち息子と一緒に遊んだ思い出があれば、きっと極貧生活でもやっていけると思います。

ぜひ、みなさんにもそんな後悔のない人生の選択ができればいいな思っています。

 

 

おがわみのるのプロフィールはこちら

横浜市から高知市へ35歳で移住した田舎暮らしに憧れる編集長の小川みのる(@Twitter)です。1部上場企業を退職。家族の介護の為に高知へ。「高知らしさ」をライフワークにし、多くの「高知らしさ」を残すのが目標。高知市のウェブジャーナル「高知。おまちRASHISA」編集長。代表小川みのるのプロフィールはこちら

 





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